株式会社麻田

はじめまして。杉江景子と申します。
私は、結婚式の招待状、プチギフト、ウェルカムボードなどをネットショップでココサブという店名で販売しております。

28歳の時から約5年間はOLをやりながら、副業として運営してきまして、OL時代に年間3千組以上の新郎新婦の結婚式のお手伝いをさせていただきました。

死ぬときに後悔すること25

突然ですが、あなたは、「自分の命があとわずか!」と宣告されたら どうしますか?

・・・私だったら、人生最後の日に後悔したくないので、やりたいことをやって、思う存分余生を楽しんで、最後の日は家族に見守られながら安らかに逝きたいと思っています。

大津秀一(おおつ しゅういち)さんの、『死ぬときに後悔すること25』という本によると、死ぬときに後悔する25項目の中に、

  • 「自分のやりたいことをやらなかったこと」
  • 「夢を叶えられなかったこと」

という項目があります。

死ぬときに後悔すること

生きること、死ぬことについて普段から考えることで、人生の目標ややりたいことがはっきりと見えてくるのではないでしょうか?
目標に向かって一日一日を大切に送ることが出来れば、人生最後の日に後悔なく、穏やかに死を受け入れられるのではないかと思っております。

私は、人生一度きりだからこそ、やりたいこと・好きな事・楽しいことをやり、精一杯生きて、後悔しない人生を送りたいと思い、ココサブの仕事を始めました。

ココサブ女性社長のプロフィール

株式会社麻田
代表取締役社長 杉江 景子 (旧姓 麻田)

プロフィール

特技 柔道初段
特徴 お酒が強そうに見えますが、実は結構すぐ酔っぱらいます
興味があること 株価
無頓着なこと ファッション アクセサリー ブランド
好きな言葉 初志貫徹
好きな食べ物 ぎんなん揚げ 茶碗蒸し
心がけていること 思い立ったら即行動。節約は好きだが、本と旅行にはお金を惜しまないと決めている。本と旅行は、人の心を豊かにしてくれるから。

ココサブ女性社長の生い立ち

富山県の自然豊かな高岡市で生まれ育ちました!
高岡市に住んでおりまして、生まれ育った実家を会社として使っております。

実家の周りはすべて田んぼだらけで、非~常に立地条件の悪い場所で仕事をしております。
初めてうちに来られる方からは、「自宅でやっておられたんですね!」と、とてもびっくりされます。

中学の頃、柔道部で上下関係を学びました。
卒業アルバムのデザインを任せられ、絵を描くことが好きになりました。

高校時代は落ちこぼれの出来損ないで、今思えばあの頃が一番両親に迷惑をかけていたと思います。

20代前半の頃は、世間でいう「ギャル」といわれるカテゴリに属していました。
髪の毛を金髪にして、原色のファッション&厚底ブーツを履いて、富山の商店街を歩いていました(笑)
「麻田さんは、本当は真面目なのに、見た目で損するタイプやね」と言われた事を覚えています。

「ギャル」は不真面目でダメな奴と、見た目だけで判断されることが多く、バカにされたり、軽く扱われた事もあります。
いつかそうゆう大人を見返してやりたい!とずっと思っていました。

人を楽しませたり、喜んで貰うことが大好きで、仲間と100人以上のバーベキューを企画したり、友人の誕生日パーティなどの企画を何度も立てました。

21歳で、初めてパソコンを買って学習し、OLをやりながら、独学でパソコンについて学びました。
パソコンの中に入っているパーツ(CPU、HDD、マザーボードなど)をパーツ屋さんで買ってきて、それをひとつひとつ組み立てて、自作のパソコンを作ったこともあります。

パソコン自作

パソコンが楽しくて仕方なくて、どっぷりのめり込み、その頃は漠然と、将来はIT関係で独立したいと考えていました。

ココサブの屋号の由来

「ココサブ」という名前の由来は、「ココナッツサブレ」というお菓子の名前からの略になります。
20代の頃、10人程の友人と作ったサークル名でして、「ココサブ」というサイト名でホームページを作り、仲間内で遊んだ時の写真を掲載したり、メッセージを投稿したりしていました。
(今でいう、Facebookのような事をしていました)

私にとって「ココサブ」は、楽しい時間を共有した大切な仲間との青春そのものです。
そしてそのココサブを、いつか会社にしたいという想いがありました。(業種などは全く考えていませんでしたが)
その頃を知っている友人からは、「ココサブのけいちゃん」と声をかけられますし、ココサブが会社になったと言うと、「え?あのココサブが??」とびっくりされたりします。

株式会社麻田の会社名の由来

33歳で結婚して麻田から杉江に名前が変わりました。
株式会社麻田は、旧姓からとったものとなります。

私は2人姉妹の長女として生まれ、両親には、子供の頃から家を継ぐように言われて育ちました。
しかし、結婚して嫁に行くことになり、今まで慣れ親しんだ「姓」が両親の代で途絶えることになってしまいました。
「姓」を継ぐことは出来ませんでしたが、せめて会社名として今後も残していきたいと思い、旧姓を会社名としています。

ココサブ女性社長の趣味

趣味は、一番は仕事なのですが、仕事の他にといいますと、読書・犬の散歩・一人旅・スキューバダイビングなどです。

旅行は元々好きで、友人とよく行っていたのですが、ある時から一人でも旅行へ行くようになりました。
先日は、石垣島でダイビングをした時に、ボートで出会った女の子と仲良くなりまして、
今度は次の月にその石垣島で会った女の子と、宮古島へダイビングをしに行きました。

そこで現地の人たちと飲みに行ったり、私たちと同じように宮古島へ旅行で来た人たちと、5人くらいで朝日を見に行ったり、レンタカーで観光してきました。

初めて見る景色とか、初めて触れる文化とか、初めて体験することは、自分にとって、すごく刺激的なことだったり、そこから何か新しいアイデアが湧いたり、時には、涙が出るほど感動することもあるので、旅行も本も、私にとっては、自分の心を豊かにしてくれる、とても大事なものだと思っておりまして、旅行と本には、なるべくお金を惜しまないようにしています。

OL時代について

OLとして最初に働いた会社は、社員を使えるまでとことん使う、いわゆるブラック企業でした。

忙しくて何かを考える余裕がなく、常に時間に追われていて、厳しい体育会系の職場でした。
毎日全力で仕事に取り組まないと終わらない程の仕事量を与えられ、日頃からピリピリした空気の中、体力も精神力も疲れ果てていきました。

仕事を自分なりにこうやれば効率いいなと考えながら仕事をしていると、お局さんから「効率悪くてもいいから、私の言った通りにやって!」といつも叱られていました。

言われた事を、言われた通りにやる事が一番大事だと教わり、何を言われても、はいはい言う事を聞く、従順な社員を求められました。
その会社では、私は言われた通りの仕事ができない、出来損ないの社員だと思われていたと思います。

「男女雇用機会均等法」施行から30年

中には女性を見下す人もいました。
OLといっても事務仕事以外の雑用も色々あります。
書類のコピーや、お茶汲み、事務所やトイレの掃除、タオルの洗濯。

それがOLの仕事だと言われるとそうかもしれません。
私たちは、会社員として、会社に働かせていただいている立場ですから、やれと言われた事をやるのが仕事です。
やりたくないことをやり、時間と引き換えにお金を稼ぐ。
当時はそれが仕事だと思っていました。

しかし、OLはお手伝いさんのようなものだと考えられており、女性は男性の稼ぎをサポートする、雑用は全て女性の仕事というスタンスが根付いている事に違和感を感じていたのも事実です。
「俺たち営業や、作業員が稼いできてるお金でOLはここにおれるんやよ。」と言われたことがあります。
実際にお金を生み出しているのは営業や作業員でなので、その通りだとも思います。

しかし、「男女雇用機会均等法」が施行されて30年が経ちましたが、男性と女性は今でも対等ではないのではないかとも考えています。

脱サラして起業する前の前職について

脱サラ前にOLとして働いていた会社には、とてもお世話になりました。
従業員の入れ替わりが少なく、のびのびと働ける環境で、忙しいからと、イライラしている人も少なく、心にゆとりがある人がほとんどでした。
ココサブを会社にしたいという夢がなければ、定年まで働きたいと思っていましたし、前職の社長の、「社員を信頼して任せる」姿勢は、とても勉強になりました。

副業(個人事業主)と、本業の両立

ココサブを副業として運営していた頃は、朝8時~5時半までOLとして働いて、家に帰って夕食を食べてから、夜中の2時頃まで、ココサブの仕事をしていました。
ヤフオクで出品していて、月に数件しか注文がなかった頃は、それでも余裕があったのですが、注文が増えるにつれ、忙しくなってきました。

OLのお昼休憩は、ランチを食べながらビジネス本を読む時間、車の運転をしながら考え事をする時間となりました。
~しながら何かをするという事が多くなり、常に時間に追われているので、運転の集中力も低下し、交通事故を起こしてしまったこともあります。(幸いな事に、自身の車の破損だけで、けが人はいませんでした。)

しかし現在は、前職を退職し、ココサブを本業にしたことにより、時間にも心にも、ゆとりが出てきたことを実感しております。

会社員目線から経営者目線へ

OLをやりながら副業としてココサブを運営して、経営も学んでいく中、自然と会社員目線から経営者目線へと変化していきました。
OL時代の社員が、お客さんからの仕事を、忙しいからという理由で断る姿を見ると、つくづく会社員だなぁと感じました。
経営者なら、忙しい事はありがたい事で、仕事を断るなんて勿体ないなぁと。

社員旅行で海外旅行へ行くとなった時も、社員から「面倒だ。家族となら行きたいけど、わざわざ会社で行きたくない。」という声を聞くと、社長がせっかくみんなの為に企画した社員旅行なのに。
「普段の仕事お疲れさま」という感謝の意を込めて社長が企画してくれたのになぁと、なんとも居たたまれない気持ちになりました。

20代女性。普通のOLだった私が起業したきっかけ

きっかけは、2007年の26歳の時に 妹が結婚する際に、「結婚式の費用を節約したいから、招待状を作って欲しい」と、頼まれた事がきっかけでした。
元々、パソコンが得意だったので気軽に引き受けたのですが、予算も節約出来たようでとても喜ばれましたし、何より、妹の晴れの日に役に立てたことがとても嬉しかったです。

その出来事がきっかけとなり、これから結婚される方の為に、何かとお金のかかる結婚式の費用を少しでも節約できるお手伝いができたらと、ネットショップを始めました。

趣味で始めたヤフオクの副業

最初の一年間は、ホームページなど作らなくても、簡単に出品できる、ヤフオクで販売していました。
自分で手作りした招待状を自分で写真を撮って、ヤフオクに出品したのですが、最初は月に1、2件程度の注文しかありませんでした。

それでも、自分で作った商品が売れるだけで楽しくて、お客様に喜んでいただけるだけで満足していて、利益を追求していませんでした。
副業の片手間で、趣味の範囲だったので、「儲けたい!」という気持ちがあまりありませんでした。

Yahoo!、楽天、自社サイト

ヤフオクで販売していた頃は、安さにしかこだわっていませんでした。

今ほどネットショップも普及しておらず、「ネットショップは不安だし、信用できない」と思われている方が今よりも多かった頃でした。
結婚式場で頼むと印刷まで全部お任せできて楽なのに、それでも不安要素が多いネットショップで購入してもらうには、安くないと売れないだろうという固定概念から、品質やデザインよりも安さを優先してきました。

株式会社麻田 沿革

結婚情報誌に掲載

約2年後、もっと多くの人にココサブを知ってもらいたいという想いから、結婚情報誌に掲載することにしました。

営業の方はとてもモチベーションが高くて、ココサブをもっと良くするにはどうしたらいいかということを一緒になって考えていただきました。
「次はあれやってみましょう!」とか、「これやったらどうですか?」と、お声をかけていただき、そのモチベーションの高さにつられるようにして、自分でもアイデアが生まれるようになってきました。

特にこの頃は、この営業さんに大変お世話になったと思っております。

夢と現実のギャップが浮き彫りになったフェスタへの出展

2012年に名古屋で、大手企業の主催するフェスタに出展しました。
フェスタは、これから結婚される新郎新婦さんが集まるイベントです。

ココサブは、ペーパーアイテム展示コーナーに出展しました。
出展場所は、会場の入り口から一番遠く、50センチ程の正方形のテーブルに並べるだけのとても小さな展示コーナーでした。
正方形のテーブルは10個程並んでおり、テーブルごとに各社のウェディングアイテムが並んでいるのです。
これから結婚される多くの新郎新婦さんで賑わっていました。

ココサブの招待状や席次表を手に取って、まじまじと見てくださる花嫁さんもおられ、嬉しかったのを覚えています。

そしてその時に、他の結婚式のペーパーアイテムを販売している企業様の商品を、初めて手に取って拝見させていただきました。
企業様のペーパーアイテムは、本当に素敵なものばかりでした。
ココサブと比べて何十倍もの大きなブースに出展されており、ココサブとは比べものにならないくらいの人数の新郎新婦さんが見に来ていました。

素敵な企業様の招待状と比べて、ココサブが販売している招待状は、なんてチープな作りなのだろうと愕然としました。

それは、花嫁さんの反応を見ても明らかでした。
「これ可愛い!」と、目を輝かせ、嬉しそうにお話しされている新郎新婦さんの姿を見て、安いだけではお客様の心をつかむことが出来ないと感じました。
もっと、お客様の満足度を高めるにはどうすれば良いのか真剣に考え、商品作りに対する考え方が変わる良いきっかけとなりました。

しかし、自分は「安い」招待状は作れるけれど、「可愛くて、品質がよい」商品を作ることができない。
ココサブのコンセプトの、「安くてかわいくて品質がいい」商品を作るには、自分1人では限界がありました。

信用のないネットショップ

何のコネも知識も実績もなかったので、ココサブと取引してくれる会社を探すのは苦労しました。
特に印刷業者は、取引先を見つけるのに一番大変だったかと思います。

ある会社のホームページに、「紙の特殊加工を承ります!ぜひ、お気軽にお電話ください!」と書いてあったのを見て、「紙の特殊加工はやっていますか?」と電話で問い合わせすると、「やってません!」と詳しい話をする前に、怒ったような口調でガチャン!と電話を切られた事もあります。

印刷業者へ訪問し、見積もりをいただきたいとお願いした時は、いつまで待っても出していただけませんでした。

約束の時間に来て貰えるはずだったの営業マンが、待てど暮らせど、現れなかったこともあります。

何の信用も、コネもない状態から新規で企業と取引するのは、自分が思っていた以上に難しかったです。

企業側からすると、私にも落ち度があったのだと思います。
突然連絡してきて、紙の事も、紙の加工方法も分からない、素人丸出しの20代女性の私に信用はありませんでした。
当時の出来事を思い出すと、よく心が折れなかったなぁと思います。

冷たく断られたり、雑な扱いをされたことは、1度や2度ではありません。
それでも諦めずに取引先を探して、そんな個人の私と取引していただいた企業とは、法人経営に改組した今でもずっとお付き合いをしています。

副業時代、個人事業主のころからの取引先

個人事業主のころからの取引先の企業にはとてもお世話になりました。
何の信用も実力も知識もない私と取引していいただき、とても感謝しています。

これまではOLをやりながら副業としてココサブを運営してきたので、昼間はOLの仕事で時間を拘束されていた為、一度もお会いしたことがありませんでした。
お互いの顔も知らないまま、普段はメールや電話のみでのやりとりでした。

だからこそ、OLを退職して、時間に余裕が出てきたら、真っ先に全国にある取引先に足を運んで、感謝の気持ちを伝えようと決めていました。
そして法人経営に改組し、落ち着いてきた頃、取引先1社1社へ足を運びました。

個人事業主の頃から取引のある印刷会社の担当の方に初めてお会いした時は、副業を本業にして、会社を設立した旨をお話すると、「ココサブさんのサクセスストーリーを近くで見てきたようで嬉しいです」と言っていただいた言葉が胸に沁みました。

これからも、末永くお付き合いしていきたいと思っています。

起業という夢のはじまり

ホームページの更新、商品開発、広告宣伝、経理など、やる事はたくさんあったのですが、新しい事を自分のアイディアでやる事に、とてもワクワクしていました。
自分の設定した目標がひとつ達成されるたびに、喜びや達成感を感じられてとても楽しかったです。

しかし今思うと、「すべて自分でやらなくてはいけない」と思いこみ、人にお願いすればよい事や、人に聞くとすぐに解決できそうな問題も、時間をかけてでも全部1人で一生懸命やっていたような気がします。

最初は、脱サラ前の会社が大好きだったので、その会社でOLとしてずっと働きたいと思っていましたが、徐々にココサブを会社にしたいという気持ちが出てきました。
こんなに楽しくてワクワクする事を、仕事にできたら幸せだろうなぁと考えるようになり、株式会社の社長という立場に強い憧れを抱くようになりました。

命について考えた時に込み上げてきた想い

そんな中、ちょうど前職の会社の健康診断でひっかかり、再検査を受けることになりました。

検査後に先生の話を聞きに行くと、「おひとりで来られたんですか?家族は来られていますか?」と声を掛けられました。
ある病気の疑いがあるので、1週間後に詳しく調べるとの事でした。
どうやら命にかかわる病気かもしれない事を知り、検査までの1週間は、命について深く考えることとなりました。

もし、自分が病気で、余命が短いなら。

残りの一生に一度の人生、「好きなこと、やりたいことを、とことんやりたい!」
やりたいことを我慢して、死ぬ前に後悔することだけは嫌だと思ったんです。

好きなこと、やりたいことを考えた時、私にとっては、ココサブのお仕事でした。

死を考えた時に、社会的な体裁や、しがらみなどとっぱらった、自分自身の心の声を知ることができました。

人生のターニングポイント

一週間後、検査を受け、検査結果を待つ間もずっと緊張状態で、とても怖かったのを覚えています。
MRIでは身体を横にして、両手を縛られ、身動きが取れない状態で、耳にヘッドフォンをするのですが、その際に「ガン!」という大きな音とともに、片方の目に大きな痛みが伴いました。
ヘッドフォンを大きく広げて私の耳にあてるはずが、先生の手が滑り、目から数ミリの部分に直撃したのです。
その後、片方の目の周りがアザになり、2週間程は治らず誰かに殴られた後のようになっていました。

目の近くなので、1分以上目が開けられないほどの激痛で、自然と涙が出てきます。
最初は、痛みからの涙だったのですが、その内、「命にかかわる病気かもしれないと言われ、緊張しながら検査を受けている時に、目をぶつけられ無駄に痛い想いまでしなくてはならないのだろう。これで病気を告げられたらどうすればよいのだろう。」と。
目は開けられないけど、嗚咽と涙は止まらなくなってしまいました。
MRIは、おとなしく横になっていないと受けられないのに、嗚咽で横隔膜の動きが止まらず、20分以上その場で横になったまま泣いていました。

なんとかMRI検査は終わり、待合室まで戻った際に、待合室までの道のりで、たまたま今の旦那に会ったのです。
その頃はまだ友達同士だったのですが、旦那は半年前に交通事故で骨折しており、同じ病院に通院していました。
出来る限り気丈にふるまい、平静を装って、少しだけ話をして、すぐに待合室へ向かいました。

待つこと1時間・・・。

検査結果の報告のために呼ばれ行くと、「異常なしです。」「腎臓にあった影は、造影剤で詳しくみると、大丈夫でした。」
「しかし、ガンでないということは分かったけれど、他の病気の可能性もあるので、定期的に様子をみてください」と。

その瞬間、一気に緊張が解け、さらに泣きながら先生の話を聞いていました。
車に戻ると、さらに声をあげて号泣していました。

そして、心の底から、いつ死ぬか分からないのだし、「好きなことをとことんやりたい」と強く思いました。
「なにがなんでも、絶対にココサブを会社にするんだ!」と心に決めた瞬間です。
私の中で決心がついた時で、それと同時に、健康があってのものだと改めて実感しました。

今も、あの頃を思い出すと涙が溢れます。
だけど、この気持ちを忘れたら駄目だと思っています。
この気持ちが私を動かしているから。

その日の夜、今の旦那さんからメールがありました。
「大丈夫か?」と。
「大丈夫やよ~。なんで??」と返すと、
「なんか心配そうな顔しとったから」
気丈に振る舞い、平静を装っていましたが、どうやら何かあった事はバレていたみたいでした。

OLを退職して起業。副業を本業に

OLの仕事は、何か物足りなさを感じていましたし、好きな仕事、やりたい仕事ではないような気がしていました。
しかし、その会社と会社の人が好きだったので、OLを退職して脱サラすることを決心したとはいえ、自分の中でかなりの葛藤がありました。

会社員を辞めて後悔しないか?
目先の利益だけではなく、一生続ける覚悟があるのか?
結婚してからや子育て中などはどうするのか?
小子化の今、これから先、ウェディング業界は大丈夫か?
5年後 10年後 20年後 30年後、生き残る事ができるのだろうか?
会社員(安定した収入)+副業(リスクのある仕事)両立が出来なくなっても良いのか?
など、不安要素はたくさんあったので、いろいろな視点で考えました。

会社設立には3か月くらい準備期間が必要だろうから、そうしたら2014年4月までにはOLをやめる必要がある。
その半年前くらいには退職の意思を伝える必要がある。

しかし、いざ半年前になっても、会社を裏切るようでなかなか言い出せませんでした。
ようやく正月明けに退職の意思を伝えることができ、予定通り2014年4月に退職、2014年7月に会社設立しました。

書いた未来が叶う未来日記

また、夢を周囲に話したり、すでに夢が叶ったかのように振る舞うことも大事だと思っております。
私がまだOLとしてココサブを運営してきたころ、周囲に「いつか、会社を設立したい」と、話してきました。

普通のOLの私が「私、副業を本業にして、会社を設立したいんです」
そう言って、何人の方が本気で応援してくれたでしょうか?
ほとんどの人にはバカにされました。
好きな事をやって生きていくのはそんなに簡単な事ではないので、当然の事かと思います。

しかし、自分で自分の夢を口にすることによって、その言葉が自分の心に届くようになり、夢が叶いやすくなるのではないかと思っております。
そして応援してくれる人も必ず出てきます。
夢を口にすることによって、周りの人も自分が何を望んでいるか分かってくれ、助けてくれるようになります。

ココサブを始めてまもない頃から、私の話を真剣に聞いてくれて、支えてくれた人たち、応援してくれた人たちのおかげで、今があると思っております。
特に当時の結婚情報誌の担当者の方には、大変お世話になりました。

2年前の2013年の4月2日

これは、今から約2年以上前の話になります。
当時ココサブを担当いただいていた、結婚情報誌のAさんと、その上司の、Bさん。
お二人とも、私と同年代の女性で、いつも明るくて前向きで、お会いするだけで、こちらまで元気をもらえ、仕事のモチベーションも上がる、とても魅力的なお二人でした。

その日の打ち合わせでは、上司のBさんから、「未来日記を書きませんか?」とすすめられました。
Bさんいわく、「ちょうど昨日セミナーで教わってきたことなのですが、2年後の最高の一日を、事細かく書くと、その書いた未来が叶うそうです」と言われました。
心の底からこうなりたいと願い、具体的にイメージすれば、無意識の内にそのことを考えて行動するようになり、信じていることが、そのまま現実として引き寄せられるとのことです。

実際に、当時ある会社の社長さんが未来日記を書いて、目標の年商30億を達成されたそうです。
その社長さんは、当時ずっと30億の壁を越えられずにいたとのこと。
そこで1年後、年商30億を達成し、従業員とハワイへ行き、「みんなのおかげで目標を達成できた」と、お祝いの乾杯をするという未来日記を書かれていたそうです。
しかし、実際の1年後は28億程で夢が叶わなかったそうです。
それでもあきらめずに努力した結果、その2年後についに思い描いた未来日記が現実となり、年商30億を達成し、ハワイで従業員と乾杯するという、最高の一日を過ごすことができたそうなのです。

これは面白そうだということで、1か月後にまた3人で集まって、その間に書いた未来日記を発表しようということになりました。
漠然と、こうなりたいと思うことはあったのですが、最高の一日を具体的に書くというのは初めてでした。

最初は、海外旅行へ行きたいなどと、自分の欲望ばかりを書いていたと思います。
しかし、未来日記を考える1か月間の間に、先ほどお話した、病院での出来事があったのです。

病院での出来事から、考え方は一気に変わりました。
自分中心から周囲の幸せへと。

一か月後、また3人で会って発表し合いました。
私は一か月間、じっくりと考えてきた未来日記を発表しました。

私は、病院での出来事のすぐ後の事だったので、私の2年後の目標は決まっていました。
自分のやりたいこと、好きなことを仕事にして、そのワクワクした気持ちで作ったもので、みんなを幸せにしたい!

その為に、まずはココサブを会社にする必要がある!と。

2年後の最高の一日を書く

そしてこの未来日記には続きがあります。
2年後の未来日記を書くと今度は、1か月後、2か月後・・・2年後に最高の一日を過ごすためにはどう行動するのか書く必要があると。

目標が定まると、「そこに向かってどうすれば良いか」というのが明確になってきました。

そして目標と現状のギャップを分析し、そのギャップを埋めるためにはどうすれば良いか、逆算していきました。

7月に会社にするには、4月までにはOLを退職していなければならない。
そうすると、1月には上司に、退職の意志を伝える必要がある。

また、個人事業主と株式会社の違いについても、勉強する必要がある。

そして現状は、商品点数が少なく、ホームページを見てくれる人が少なかったので、
もっと商品点数を増やし、ホームページも見やすくして、たくさんの人に見てもらわなければならない。

時系列で細かくアクションプランを書いた上で、2年後の最高の一日を書きました。

スライド11

私の未来日記の内容

私の未来日記の内容を説明しますと、2年後には、

  • すでに株式会社を設立している。
  • ヨガへ行き、ストレッチをして体を伸ばす。
  • 友人3人で集まって、3家族で温泉旅行の計画を立てる。
  • バイトをしたいという、若くて元気な子から電話がかかってくる。
  • 夜は、旦那と今日会った出来事をお酒を飲みながら話す。

といった内容です。
これは今ざっくりと書いていますが、実際はA4用紙2枚にわたり具体的にイメージして書きました。

未来日記

それからというもの、自分の書いた2年後の最高の一日を叶えるために、自分が経てたアクションプランをひとつひとつ実現していきました。

ホームページの更新、商品開発、広告宣伝、経理など、やる事はたくさんありましたが、新しい事を自分のアイディアでやる事に、とてもワクワクしていました。
自分の設定した目標が、ひとつ達成されるたびに、喜びや達成感を感じられて、とても楽しかったです。

目の前の小さな目標がひとつ達成されると、それが自信に繋がり、またワンランク上に掲げた目標に向かって進むことができました。

そして時には、どこまでできたかを振り返り、ちゃんと、2年後の最高の一日に向かって進んでいるか、間違った方向に進んでいないかなど、再確認をしてきました。

また、いくら好きで始めた仕事でも、時にはうまくいかなかったり、落ち込んだりすることもあります。
そんな時は、自分がこれまでやってきたことを見直し、創業時を振り返ると、ここまで成長することができたんだからと、前向きに気持ちを切り替えてきました。

2年後の最高の一日

そして2015年の4月2日が、未来日記に書いた、「2年後の最高の一日」でした。

私は、当時書いた未来日記の100%は叶っていませんが、80%くらいは、叶ったんじゃないかなぁと思っております。
念願だった、会社も設立しました。

友人3家族で旅行は行けていませんが、3家族で鍋パーティーをしました。
去年から妹も加わり、現在は私が今までやっていた日常の業務を任せています。

そして2年前は、結婚もしていなかったのですが、現在は旦那と、夜ご飯を食べながら、その日の出来事を話すことが日課となっています。

上司のBさんの2年後・・・

当時、結婚情報誌の上司だったBさんも、当時書かれた未来日記を実現されて、2年後は会社を退職され、自ら起業されました。
Bさんも未来日記を現実にされたようで、とても嬉しいです。

Aさんの2年後・・・

もう一人のAさんの当時発表された未来日記の内容は、

明け方まで女友達と遊んで朝を迎え、コーヒーを飲んでから会社へ向かう。
今日のタスクをチェックし、ミーティングに出る。。。という内容でした。

最高の一日の未来日記というよりは、その日の生活日記といった内容で、2年後にどうありたいかという姿を具体的にイメージされていなかったのだと思います。

Aさんは、当時叶えたい夢や目標がなかったのではないかと思います。

最適なタイミングがある

本もそうですが、その人にとって最適なタイミングというものがあるのではないかと思っております。
子供に、難しい大人の本を読ませても意味がないですし、その時にその人が読むべき本があるのだと思います。

私なら、今まで副業&個人事業主でやってきて、会社を設立しようかどうしようか考えた時に、個人事業主と株式会社の違いが書かれた本を読んで勉強しました。
会社を設立した今では、その本はもう必要がなくなっていて、もっと別の本が必要だったりします。

2年前、Bさんには、私にとって必要なタイミングで「未来日記を書く」という提案をいただいたからこそ、今があると思っておりまして、大変感謝しています。

しかしそれは、当時のAさんにとっては、最適なタイミングではなかったのかもしれません。
いつか未来日記を必要とするタイミングで書くことができると、結果が変わってくるのかもしれないなぁと思っています。

脱サラや起業におすすめの本

私がOL時代に読んで、起業へのモチベーションが上がった本をご紹介します。
起業や夢を叶えることに興味がある方は読んでみてください。

好きなこと・得意なこと・お客様のニーズ

私は、好きなこと・得意なこと・お客様のニーズが重なり合った、ちょうど真ん中の部分で仕事ができたからこそ、ココサブを諦めずに続けてこれたんじゃないかと思っております。

スライド9

好きなことというのは、「デザイン」「人に喜んでもらう」ということです。
好きだからこそ、人以上に働いたとしても苦にならず、楽しみながら仕事ができています。

得意なことというのは、パソコン関係です。
ホームページ製作や、写真加工の知識を持っていたので、招待状をインターネットで販売することも、迷いなく始めることができました。

そして、「結婚式の費用を節約したい。安くてかわいいものを探している」というお客様のニーズがあったからこそ、好きなこと、得意なことを仕事にすることができたと思っております。

あなたの夢はなんですか?

自分が起業した立場だからなおさらかもしれませんが、人の夢を聞くのが大好きです。
キラキラした目で、イキイキと嬉しそうに自分の夢を語ってくれる人とお会いすると、自分まで元気を貰えますし、ワクワクした気持ちになり、この人を応援したい!と思わざるを得ません。

しかしほとんどの人が、夢を夢のままに終わらせているのではないかと思います。
夢はなかなか叶いません。
本気で想い続けないと叶いませんが、理想の未来を具体的にイメージし、想い続ければ夢を現実にできるのだから、とてももったいないことだと思います。

あなたにも夢はありますか?
きっと叶えたかった夢、叶えたい夢があるんじゃないかと思います。
今からでも遅くない。

未来日記を書いてみませんか?

未来の理想の一日を具体的にイメージして、事細かく書いてください。
そしてそれを想い続けて行動してください。

一度きりの人生だからこそ、仕事もプライベートも明るく楽しく行きましょう!

起業家を応援したい!

私は毎年、商売繁盛の神様で有名な京都の伏見稲荷大社へお参りにいきます。
今年、お土産屋さんに立ち寄った際に目を惹かれた『夢の八訓(ゆめのはっくん)』を紹介します。

夢の八訓

この、夢 → 希望 → 目標 → 計画 → 行動 → 実績 → 反省 → 進歩 と、続いた後に、また「夢」に戻ってきます。

しかし、最初の「夢」と、ひとまわりした後の「夢」は、同じではないはずです。
ひとまわりした後の「夢」は、さらに大きな夢になっているのではないでしょうか?
皆さんには、こうした夢のサイクルに乗って、どんどん夢を叶えていっていただきたいのです。

夢を叶えるには、助走期間が必要で、ジャンプするには、助走期間も長くなるかと思います。
しかし、その助走期間が、長ければ長いほど、高く、長くジャンプできると思います。

どんなに壁が高くても、自分を信じて、チャンスを掴んでいただきたいです。

私もまだ夢の途中ですが、あなたの夢が叶ったときは、ぜひその夢に向かって、がむしゃらに頑張ってこられたお話を、聞かせていただければ嬉しく思います。

場所と時間にとらわれないネットショップの働き方

ネットショップをやっていて、私が最も魅力に思う点なのですが、いつでも自分の空いた時間に、それぞれの場所で仕事ができます。
ネットショップは、24時間ホームページが営業してくれます。
いつでも、たとえ夜中であっても、全国のお客様が買い物をすることができます。

私は、インターネットが繋がっていればどこでも仕事ができるので、旅行先でも仕事をします。
パソコンを持っていき、昼間は観光に出かけ、夜ホテルに帰ってからネットをつないで仕事をします。
海外へ行く時は時差がある時もありますが、お客様とはメールでのやりとりなので、時間も場所も、そこまで気にする必要はありません。
いつでも、どこでも仕事ができるのです。

趣味も仕事に繋がっていく

私は旅行先でみたものを、ココサブのデザインに取り入れております。
趣味の旅行も、このように仕事に繋がっています。

シャルトル

フランス シャルトル大聖堂

国名:フランス
モチーフ:シャルトル大聖堂
こだわり:ブルーの美しいステンドグラスを表現

ユリシス

オーストラリア ユリシス

国名:オーストラリア(ケアンズ)
モチーフ:3匹見ると、幸せになれると伝えられている蝶々「ユリシス」
こだわり:角度を変えるとキラキラと輝く、美しい蝶々の羽の部分

サンライズシェル

ハワイ サンライズシェル

国名:ハワイ
モチーフ:ハワイで昔は王族しか身に付けることができないといわれていた貝殻
こだわり:まわりのサンゴや、貝のデザインは、白色のぷにぷにした特殊な加工を施して、リゾート感や涼しさを演出

ブルーコーナー

パラオダイビング

国名:パラオ(ブルーコーナー)
モチーフ:スキューバダイビング
こだわり:ダイバーの憧れであるマンタをはじめ、ギンガメアジのトルネード、カラフルなサンゴなどで海の中を表現

シェーンブルン

 オーストリア シェーンブルン宮殿

国名:オーストリア(ウイーン)
モチーフ:シェーンブルン宮殿
こだわり:シェーンブルン宮殿と同じクリーム色の用紙に、活版印刷で凹凸と擦れをあえて出し、アンティーク感を表現

シュヴァン

ドイツ ノイシュバンシュタイン城

国名:ドイツ(バイエルン・シュヴァーベン地方)
モチーフ:ノイシュバンシュタイン城
こだわり:幻想的な冬景色を表現する為に雪のようにキラキラと輝く用紙を使用

このように、どれも実際に現地へ行ってみなければ、生み出せなかったデザインばかりで、どこへ行っても、何をしていても、仕事と繋がっていくのが面白いなぁと思います。

女性がもっと働きやすい職場を作りたい

男性と女性はまだまだ対等として見られていない部分があるのではないかと感じますし、子供を育てる必要もあるため、働くことに対して不利な立場にいます。
例えば女性が子連れでも働ける場所の提供はどうでしょうか?

赤ちゃん連れでも働ける環境に

ココサブの仕事は、在宅ワークで、働いてもらうことが可能です。
現在、私の妹は3人、子供がいまして、一番下はまだ1歳なのですが、その子供たちの面倒をみながら、ココサブを手伝ってくれています。
現在妹には、在宅ワークで、家事や子育ての合間に、自分の住んでいる自宅で仕事をしてもらっています。

最初の半年間は、仕事を教えることも多かったので、会社に通ってもらっていました。
その時は、通勤時間が往復で1時間ほどかかっていました。
妹の予定がある日や、子供が冬休みに入ったりすると、早く帰らなければいけないので、働いてもらえる時間に制限がありました。

そこである程度仕事を覚えてもらってからは、在宅ワークで働いてもらうことにしました。
在宅ワークだと、往復の通勤時間がないので、その分仕事や家事に時間を使うことができます。
次の日予定がある場合は、前日の夜に仕事を済ませておくとか、子供が学校に行っている間や、寝ている間に仕事をするとか、自分で仕事する時間を調節することができるので、妹にはとても助かる!と言われています。

子供を持つお母さんの想いを大事にしたい

子供の成長はとても早いですね。
この前まで寝ているだけだった子が、今ではハイハイしたり、笑っているのを間近で見ていると、子供の成長を、近くで見守りたいという、お母さんの気持ちが分かる気がします。

最近では、共働きが主流ですが、ちいさな子供をもつお母さんは、働きたい気持ちはあるけど、子供とも一緒にいたい。
でも子供を連れて働ける仕事はなかなかない!と思われている方も多いのではないかと思います。

まだ漠然としか考えていませんが、そんなお母さんたちが子供を産んでからでも働きやすい職場を作っていくことができたらいいなぁと思っています。

すべての人に喜びと感動を与え 幸せを共有する

株式会社麻田の企業理念は、「すべての人に喜びと感動を与え 幸せを共有する」です。

株式会社麻田 企業理念 すべての人に喜びと感動を与え幸せを共有する

自分のワクワクが、周りに伝染して、みんなで幸せを共有できたら、とても嬉しい事だと思います。
商品がたくさん売れれば、お客様には喜んでもらえるし、取引先には新しい仕事を依頼できる。
仕事が楽しければ、家族や友人にもより優しくなれる。つまりはみんなが幸せになるのです。

ココサブ社員

落ちこぼれの出来損ないだった私ですが、少しずつ、少しずつ事業を拡大していき、創業5年目にして脱サラし、ココサブを本業にすることができました。

これまでは本業と副業の両立が難しく、至らない対応等で、お客様や、取引先の方にもご迷惑をおかけすることもありました。

OLを退職し、会社を設立して、2015年7月で2期目に入りましたが、副業として運営していた頃よりも、もっと勉強できる時間が増えましたし、夢だったココサブを仕事に出来ていることがとても幸せです!

人生無駄なことなんて何ひとつないと思っておりまして、辛いこと、苦しいこと、楽しいこと、嬉しいこと、たくさんの経験が積み重なって、今の私が出来ているんだということを実感しております。

また、多くの方々に支えられ、協力していただいたからこそだと思っております。
ココサブに関わる、すべての方に感謝しております。

迷ったり、悩んだりする事もありますが、一生に一度しかない人生なので、後悔しない人生を送って、これからも更なるワクワクをみなさまに提供できればと思っております。

株式会社麻田 社長 起業体験談

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